10年に一度とも言われた寒波襲来の翌日に、高校まで住んでいた街を巡るランニングに出掛けてきました。
ランニング (マラソン) を趣味としてから全国各地の都市へ足を向けてきた身ですが、いつかはここを訪れたいとずっと想いを馳せていた地へついに行って来ました。
いつものランニングからちょいと趣向を変え、遥か過去を辿る小旅行といったところでしょうか。
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30年〜40年前へのノスタルジックランニング
休日に遠くへ出向く時は、つくばりんりんロードや富士山砂走りの時の様に、いつだって早起きがデフォルトとなります。
高速道路の深夜料金 (30%OFF) が適用される4時までに東北道に乗れるよう、午前2時半にパッと起床して氷点下5℃以上の中を福島県へ向かいました。
まずはランニング拠点としてまねきの湯へ駐車
高速を無事にかっ飛ばして到着したのは、郡山駅の東側に位置するまねきの湯です。ここの駐車場に車を置いて郷愁ランニングへ出発、終了後に温泉に浸かる予定としました。
ここは超ウルトラマラソンの「うつくしま、ふくしま。ジャーニーラン」のゴール地点で、ランナーにとっては縁ある場所なのでランニング中に車を駐めさせて頂きました。
駅周辺
1984年に初めて訪れた駅は、今では駅周辺の景観は大きく変化していますが、駅舎自体の外観は当時とほとんど変わっていません。
この頃開業した上越・東北新幹線の駅舎は統一性があって、どこも似たような外観をしています。
そして約40年前に引っ越して来た時見た風景そのものが目の前にありました。新幹線ホームを降り立ってから、母親に手を引かれてホテルへ向かったあのシーンが思い出されます。
ランニング開始わずか10分でノスタルジーに酔いしれる自分がいました。
小学校
かつて通った小学校の生徒玄関口に着きました。ここは今でも夢の中に出てきてしまう場所なのですが、東北なのになぜか南国風の植え込みなど当時とほとんど変わっていません。
しかし確か階段は、玄関へ真っ直ぐ登る形状だったはずです。下校時に玄関を出てすぐの階段では、過去に何か大きな怪我をする事故があってこの形に変わったのかもしれません。
小学校4〜6年生まではキャプテン翼の影響もあって、サッカー部に属して写真に写るゴールへたくさん蹴り込みました。
野球ボールが当たっても滅多に割れない弾力ある教室のガラスを、インステップキックでクリティカルヒットさせたサッカーボールで割った私は、一躍校内の有名人となったことが懐かしいです。
そんな私が35年の時を経て今こうして外周をトボトボとランニング、超絶寒いマイナス5℃のノスタルジック体験ができただけで来た甲斐がありました。
ここを駆けていた頃の夢の一つは、スポーツ選手だったことは間違いありません。
青春期10年間住んでいた場所
高校卒業するまで幾度となくお世話になった古びた小ぢんまりとした内科医院は、今では近代的で立派な建物に変わっていました。
この風景は最も多感な時期に過ごしたもので、ここも小学校同様に今でも夢に出てくるのですが、夢の中の景色は40年前のものです。今回の小旅行は、この変化した記憶を上書きしたものとなったのでしょうか。
果たして次回の夢の中では、40年前の景色が出てくるのか?それとも今のこの景色が出てくるのか?
昔ここに存在した7階建てのマンションが当時の住まいだったのですが、今では介護関連の施設になっていることを実はストリートビューを見て知っていました。
ただ建物前面のこの駐車場は昔の面影のまま存在し、ここで同じマンションに住んでいた小学生同士で花火したり、男友達と野球したり泥警して遊んだ記憶がすぐに思い出されました。
中学校
そして中学校へ上って来て (坂の上に鎮座)、ここでしばらく物思いにふけました。
青春時代を捧げた野球部で頑張った中学時代、このバックネット裏で監督から鉄拳制裁喰らっていました。昭和時代の運動部の象徴で、当時は当たり前に思えたこの行為は今では御法度となります。
こんな背景では野球が大好きで入部したのに伸び伸びと楽しめなくなっていき、監督が怖くて怒られないように皆プレイするようになったことは嫌な思い出として残り続けています。
スポーツの指導者は携わる種目に関わらず、子供達にプレイする楽しさを教え続けなければいけないと大人になって思います。勝利至上主義なんていらんのです。
ただこの校庭には数え切れない青春の良い思い出が詰まっていて、当時好きだった娘の誕生日にプレゼントを渡したり、両想いを謳歌した初々しい思い出にひとりほくそ笑みました。
外周ランニングは実に32年ぶり
※ちなみに高校は場所が郊外、こんな凍結路を走って向かう気になりませんでした
たまにの非日常の郷愁ランはいい
今回の過去を辿るランニングは、今現在フルマラソンに向けての鍛錬 (閾値走、インターバル走、ペース走) のためのランニング、それの真逆とも言えるジョグとなりました。
今の時期はガーミンの画面と睨めっこし、キロペースを確認しながら走る真っ只中となっています。
そんな中今回とても新鮮で、当時との距離の体感差も浮き彫りになりました。
自宅から駅まではタクシーかバスでの移動が常だったのですが、4キロちょっとの距離なら走ってしまえばあっつう間となります。
100キロだって走ってしまうランナーですから、今現在の感覚とは全く違うことに気付がされました。
懐かしい坂道
最後はこんなオチで
その後まねきの湯まで戻ってランニングは終了、お風呂で温まった後は今回のもう一つの目的でもある肉そばを食べに喜多方まで足を延ばしました。
一般道を使って吹雪の中を西へ、2021年末に訪れた坂内食堂本店の肉そばの味が忘れられないのです。
坂内食堂にて 肉そばを食らう
(2021年年末)
大阪マラソンへ向け減量期に入り、昨晩から何も食べていません。そんな中での朝ランであったことも相まって、もう頭の中は予定していた喜多方ラーメンのはしごしかありません。
郡山から2時間弱で雪の中無事に到着、近くに駐車しお昼前で混み合う前に店へと急ぎ出しました。そして・・・
2回もミスったレイボーブリッジの件もそう、ちょっとネット検索すれば間違わずに済んだのに、私はいつも詰めがとにかく甘いのです。
この味を堪能するために久々の朝ランまでしたのに、ここまで来て本命の味に辿り着くことはできませんでした。その後はまこと食堂でチャーシューメンを食べて雪の中帰宅の途に着きましたとさ。