青島太平洋マラソンから1週間があっという間に過ぎていきました。
総じて自分自身満足できた走りで後悔はありません。とにかく約2年も待ち焦がれたフルマラソンでしたから、気持ちの入りようが凄く終わってしまった現在は腑抜け状態に陥ってます。
筋肉疲労はすでに抜けたのですが内臓面の疲労長引いており、お腹の調子が未だ回復に至りません。それだけフルマラソンが過酷だったと勝手に解釈しています。
今回はそんな宮崎遠征を長々と多角的視点で振り返ってみました。単なる日記と思うことなかれ、来年以降参加する方の参考(になるのか・・)と、再び参加するかもしれない自分自身の備忘録として残しておきたいと筆を執りました。
滞在中は終始青空、冬の宮崎らしい天候
(大会当日の気温を除く)
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コロナ以来初のフルマラソン参加
何度繰り返してもそれが事実、フルマラソン大会がこの世にない期間が非常に長いものでした。
昨シーズン秋にGo Toトラベルが隆盛だった頃、年明けから春までの大会はきっと開催されると踏んで身体を作っていきました。
それが年末から年明けにかけて雲行きが怪しくなり、再びの緊急事態宣言&延長でthe end。マラソンを始めてからフルを走らず仕舞いの初めてのシーズンが終了しました。
こんな先が見えない中でエントリーした青太、その開催がいよいよ現実味を帯びて開催が近づくと、寒くなり頑張っちゃってトレーニングが捗り、この期間は気分が高揚して怖いくらいでした。
リストバンドも約2年ぶり
会場内の通行証代わり
激動のひと月
9月からフルマラソ仕様に変える練習に切り替え、ポイント練を少しずつ重ねて昨年比でひと月は練習ペースが早い状態まで来ていました。
そして迎えた11月に揺り戻しの悲劇が訪れます。
左腓腹筋に肉離れを発症し鋭い痛み、2日間はまともに歩くことさえ憚れる状況は「人間万事塞翁が馬」を思い知らされました。
ここでひと月後の青太は完走目標に切り替え、まずは治療に専念するしかない状況下に置かれました。ここで食べ物や睡眠に今まで以上に気を配り、万年晩酌を卒業し普段からフル勤務の肝臓を休めることに注力しました。
その効果はてき面でした。アルコール分解の必要がなくなると、私の肝臓は疲労回復を全力で行うこととなり、これは筋組織の修復が顕著に現れました。
患部は日に日に痛みが消えて、以前発症した時の数倍の早さで良化の一途を辿ります。
発症9日目には33キロ走を完遂、15日目には10キロ大会に参加しそこそこの結果を残すことに成功しました。
それでもテーピング補強が外せないものの、ダッシュ系を故障前の出力8割でこなすことができ、青太1週間前には3時間20分オーバーのLSDで持久力を最終補強しました。
故障のたびに
テーピング技術が向上する歯痒さ
青太前日
2年ぶりの羽田空港
荷造りOK
荷造りは自作の持ち物チェックシートを頼りに、出発数日前から準備開始し、足りないものを直前に追加すればOKとして旅程は至極順調でした。
もっとも今回は20℃予報が出ていたので、ウエァは冬じゃなくて秋仕様で極薄着とし、普段着だって用意する衣服は少なめでした。
お土産で一杯に
移動
わたしは飛行機の揺れには滅法弱く手汗が酷いくせに、久々のマラソン同様に2年ぶりの搭乗に興奮が隠せなくソワソワしています。
そんな出発前の空港ロビーは非日常感で満たされ、多くの人が笑顔と会話で満ち溢れていました。
その後無事に宮崎空港到着後は、特急券なしで乗車できる特急はわずか10分で宮崎駅に到着します。地方空港利の市街地へのアクセスがトップクラスの宮崎なのです。
乗車券のみで乗れる特急
青太前日の夕飯はここ
夜ご飯は特にコレと決めずに街を徘徊していると、たまたま路地裏に定食ののぼりを発見し雑居ビルに吸い込まれました。
階段を上るとランナーと思しき行列、地元風のおばさんが列に並んでるのを確認して最後尾に並びました。
次から次へ順番待ちの行列に加わる人が増えてここが人気店と確信、地元産食材を使った良いお店を偶然にも発見しました。お味もボリュームもバランスもフル前日としては申し分ありませんでした。 (注:ラストオーダー18:30)
シキドオリこはる食堂
前夜ホテルで今回の走り方を決めた
肉離れ箇所はしこりにもならず違和感は全くない状態まで回復、一時はファンランを視野に入れていただけに隔世の感があります。
それでもほぼひと月ポイント練で追い込むことができず、フルマラソンへ向けて急仕上げ感は否めません。
しかも気温20℃予報・・・ただ現時点で己でできる対策はやり尽くした感があったので覚悟を決めました。
メンタルとフィジカルが良好である今現在、ここでベストタイムを狙わない選択肢は自分にはありませんでした。
肉離れのあの鋭い痛みに対する恐怖より、気温20℃フルマラソンへのチャレンジ精神が優ったのです。
せっかくの遠征、お金も時間も掛けてわざわざ宮崎まで来ているのですから、そしてフルマラソンが無かった期間ずっと走ってきた自分に対してのケジメの意味も込めて決めました。
あとはベストペースで走って気温上昇と共に、ペースや体調にどのような変化が現れるか、我が身をもって確認したかったこともあります。
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青太当日
朝焼けの会場、動線よし
起床からシャワー、朝食へ
フルマラソン当日朝はどんな場所にいても、起床後は熱いシャワーを浴びるのが私のルーティーンです。最も頑張る時間がわずか4時間後に迫っているのですから、眠気を一気に飛ばして身体全体を戦闘態勢に整えます。
朝食は約2年前と言えど直近でそこそこ走れた京都マラソン2020を参考とし、その日とほぼ全く同じ献立としました。
参考
青島太平洋マラソン当日の朝食
・しらすパスタ100g
・コールスロー
・バナナ1本
・切り餅3個
・カステラ2切れ
・オレンジジュース
・モルテン500ml
(メダリスト割り)
湯煎かレンチンで
会場へ早め移動
青太マラソン当日朝の基本的な動きは、スタートブロック整列時間から起床時間までを逆算して決めていきます。
スタートブロック整列開始が8:00からだったので、8:00に手荷物預けをして最後のトイレに行き、8:15にブロックへ整列する予定でした。
これなら当日寒くても45分間の我慢で済みます。実際は当日寒さはほとんど感じず100円雨合羽は必要ないくらいでした。
巨人の春キャンプ地
スタート前
ここ数日のカーボで食べた量がそうさせたのか、スタートブロック整列時点でエネルギーが満ち溢れている感じが全身に感じます。それでいてメンタルだって最高潮、とても久々のフルとは思えない気持ちの入りようでした。
当然1年10ヶ月の空白がそうさせていること、故障明けでも行けるとこまで粘る覚悟があったのは、痛みがどこにもないことが理由で、1本筋が通った感覚でスタートを待っていました。
コロナでフルを走れなかった並んでいるランナー皆が、そして私が待ち望んだスタートが近づき胸が一杯になります。
スタートからゴールまで
私のベストタイムはキロ4:40平均ペースで達成できます。
ハッキリ言ってこのペースは、普通に走れば結果が出る自信はありました。実際レースはキロ4:40以上を見ないペースを、暑さで減速するまで淡々と刻むと決めていました。
ハーフ通過時点では発汗は多いものの想定ペースでまだまだ走れる余裕があり、もしやこれは行けるかも・・・と思った矢先、25キロ付近からすでに脚攣りの兆候が出て、それ以降は攣る境界線(閾値)で騙し騙し走行が続きました。
そこに終盤は太陽が照りつけてキロ5〜5:15がやっとのペース、絶対に歩かないと決心していたので39キロ付近で完全に攣って動かなくなるまでぎこちなく走り続けました。
フル残り3キロは普段だと地獄ですが、久々のマラソンプレミアムが相まってテンションは大バグり、何故だかアドレナリンが出まくって笑顔になります。
後ろからスパートするランナーの邪魔にならないよう、コースの端を歩くような速度で進みます。そんな硬直した脚で猛然とピッチ走法を披露して、満足感に満たされゴールラインを過ぎていきました。
夜は打ち上げ
緊張から解き放たれた矢はどこに向かうか全く検討知らず、走った夜は美味しい宮崎の夜を(徘徊)堪能しました。行く居酒屋はどこも地元産の食材が提供され、鮮度が高く美味なのです。
特に予約して訪れた「座王」さんはおすすめの居酒屋さんです。地元の方が引っ切りなしに訪れ、店内満席にて店主の断りが入りっぱなしでした。味をよく知る地元民に愛されるお店は絶対に間違いがありません。
地鶏の炭火焼
鮮度がいいからこその鳥刺し
青太翌日は宮崎観光へ
青島観光
宮崎に来て観光するなら絶対に外せない場所が青島です。しかも青島はマラソン大会の冠名にもなっているから尚更です。
「鬼の洗濯板」と言われる珍しい地形は天然記念物に指定されています。こんな景勝地を見ないで帰るわけにはいきません。
鬼の洗濯板
青島は弥生橋で陸と結ばれていますが、そのたもとが日向夏ゼリーがあったエイドと最後の折り返し地点となります。
どんなに上手く走って走破タイムを削りたくても、ゼリーだけは絶対に食する(富山の天むすしかり)決意でいました。
実際は息も絶え絶えに味わうどころか、攣って止まりゆく脚を気にしながら一口でペロリと食べた記憶しかありません。
ここを折り返してあとはゴールへ
(写真はレース翌日)
島の中央には青島神社がありここは行けば分かりますが、おみくじやお守りをゲットできる多種多彩のゲームがあり、お金はそこそこ使いますが結構楽しめる島となります。
ここで大凶って・・・
またせっかく来たのなら島の周囲が860mですから、ゆっくりと波音を聞きながら歩いて島1周を散策することをおすすめします。貝殻で出来た島ですからフルマラソン翌日には脚に優しい不整地の海岸です。
開放感に浸る
宮崎神宮
宮崎神宮
青島の観光地ムードとは一転して荘厳かつ壮観、護国神社として威風堂々たる姿を眼前にして身が引き締まる想いです。
レース翌日に訪れたのですが、ここはレース前日に訪れて無事の完走祈願する場所と感じました。
バスの時間が合わずタクシー利用で宮崎駅へ向かったのですが、大会配布のタクシー1割引券を使って800円ちょっとでした。
モアイは見たかった
マスコミからの情報で宮崎にモアイ像があることは知っていました。そしてイースター島公認は世界広しといえど宮崎のみです。
ただ翌日はゆっくりとチェックアウトまで寝ていたので出遅れてしまい、駅構内の観光案内所で訪ねた結果、青島と宮崎神宮を観たい私にはモアイはタイトな日程と知らされます。
サンメッセ日南
>>公式HP>>
公式HPより画像お借りしました
改めて遠征マラソンは最高
趣味のラン二ングと旅行を掛け合わせるとマラソン遠征となります。これは私の生きがいのひとつの要素でもあり、約2年ぶりのご無沙汰がつまらないはずがありません。
今回は未踏の地で食と文化に触れ、気温20℃の中ベストタイムに挑戦してとにかく中身が濃い遠征となりました。これこそ人生の強烈なスパイスになりうると改めて確信しました。
思うがままに自分視点で行った先の各地を周り、多くの体験から様々なシーンを脳内に焼き付けて糧に、いつもの生活に戻って頑張るとします。
青島にて