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ひとり言

初マラソンから節目の10年で思うこと

投稿日:2019年10月18日 更新日:




もうすぐ初マラソンに挑戦してからちょうど10年になります。

2009年11月8日あの日のゴール後、塩まみれになった全身で目標達成できず悔しい思いを胸に、混雑する東海道線で帰宅した記憶が蘇ります。


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マラソンに挑戦前の私

私はマラソン挑戦前に7年間のジョギング経験がありました。

基本は1週間に2回5キロをメインに、たまに10キロを織り交ぜてのジョギングです。

あくまでもジョギングでしたので、今みたく「キロ4分で走る」などという概念そのものがありませんでした。

ただ痩せたいため、もう太った姿に戻りたくないため、そう体型維持のためだけに走っていたのです。

 

2009年11月8日第4回湘南国際マラソンが初マラソン

 

初マラソンの目標はサブ3.5

当時ちょっとマラソンをかじっている同僚がいました。

「初マラソンで3時間半切ったら飯を奢るよ高いやつ」

と煽られたのです。

ならば頑張るかと思った訳ではなく、単純にどうせ無理だと思われてる事が悔しかったことが、初マラソンサブ3.5を目標に掲げた理由です。

 

当時の練習記録が出てきた

メモ紙に殴り書きされた当時の練習記録を発掘しました。

懐かしむと共に、この内容ではサブ3.5は無理だわ、と今では思います。

走り込みが圧倒的に足りないのと、ロングペース走が少ないことです。

当時は10キロや15キロをサブ3.5ペースで走れただけでフルも通用すると過信していました。

 

想定以上にペースが上がらない

レース当日、参加者の多さに驚きながら程よい緊張感を持ってスタートラインに立ちました。

キロ4:58で走ればサブ3.5は達成できるのですが、ラップタイムを取っていた(当時GPS機能なんて付いてません)のですが、キロ5分が切れないのです。

大規模大会にありがちな渋滞にハマりマイペースで走らせてくれないのです。

ペースが上がらないからどんどん焦っていきます。10キロを0:50:38で通過した時点でペースを思いっ切り上げました。

 

気温が高い

マラソンのタイムに気温が大きく関係しているなんて知識は当時微塵もなく、「汗は勲章」との訳が分からない考えで汗だくでペースを上げていきました。

当日の最高気温は20℃で次第に晴れとなり、遮るものがないから容赦なく日差しが刺さります。

レース後、塩まみれに気付いたのは、帰宅途中の電車内、窓に頬杖をついた時でした。湘南国際マラソン折り返し付近

 

ハーフで脚が終わった

海岸沿いの国道なのに往路ではほとんど海が見えないコース、大きな江ノ島が間近に見え、いよいよ折り返し地点です。

その折り返しの時点で体力的に一杯々で、脚に力が入らなくなってきました。呼吸だって苦しいし、上げたペースを維持できなくなりました。

あと半分もあるのかい・・・

この時点で初マラソンサブ3.5は無謀だったと悟りました。

 

それでも意地はあった

落ちていくペースを最低限に抑えて必死に走って来たのですが、西湘バイパスに入る登り坂でついに早歩きのペースまで落ちました。

初マラソンにあたって自分の中で決めたルールがありました。

それは

どんなに辛くても歩かない

こと。

基本的にマラソン大会はゴールまで辿り着けば完走扱いです。

しかし私は「歩いたら完走とは言えない、歩いたら敗北」という意固地な考えでスタートを切っていました。

早歩きの方が早いんじゃね、と終盤は薄々感づいてはいました。でも走るアクションだけはヤメたくなかったのです。

今なら故障とかダメージが残るのを嫌いファンランに切り替えますが、当時は違います。

絶対歩かねぇ

 

目標をサブ4に切り替えた

湘南国際マラソンを走った事がある方なら賛同してくれると思うのですが、一度ゴール地点を過ぎてから往復約4.5キロ走るコースは精神的にかなりキツいものがあります。

しかも直線なのに走れど走れど折り返しが見えてこないのです。

早歩きペースでしたが、はたから見て走ってる風に脚を動かし続けました。

意識は朦朧として時計を見ると何とか4時間は切れるかもと回らない脳みそが計算し始めて出た答えは、

わからねぇから歩くな俺

ただ何とかサブ4は達成しよう、でなければ同僚に会わす顔がないと思っていました。

 

脚が完全に終わった

マラソンのラスト5キロでキツい思いは沢山してきました。でも初マラソンの37キロ以降は別世界でした。

歩かないと決めていたので、もうヤメたい、止まりたい、帰りたい、酒飲みたいって心の底から(声には出さず)叫んでいました。

脚は棒、胃は補給を受け付けず吐き気、手は痺れ、汗も塩と変わり果てました。

典型的な脱水症状です。今なら絶対に潔く歩きます。

命の危機状態で走る理由は見当たりません。でも当時は30代半ば、無知で邪険で怖いもの知らずでしたから。

ようやくゴールが見えた時、今と同じように最後の力を振り絞って走りました。

しかしゴールの瞬間に時計を止めてタイムを見て呆然としました。

4:00:31

サブ4もダメだったかぁ・・・

脚がまともに動かずゾンビ状態、フラフラで完走メダルをかけてもらい、荷物を受け取って体さえ拭かずに着替えを終え帰宅の途につきました。

翌日からの筋肉痛は経験したことがなく、はたから見たら骨折や重度の捻挫でもしているのではないか、と思われるくらいのアクションです。

 

だからこれからも走り続ける

そんな初マラソンから10年、いつの間にか走歴は長い方の部類に属し、なぜ走っているの?って聞かれたらなんて答えるのか?

幼い頃から引っ込み思案で恥ずかしがり屋、消極的な行動で失敗したことはたくさんありました。そんなネガティヴな自分と決別するために走ってきたのかもしれません。

また以前にも書いたように、生きている実感を感じたくて走っています。走りながら感じていること全てが生きている証しです。

そして記録更新は走るモチベーションになるので狙っていきます。

ただ時折「楽しんでるかい?」と自問することにしています

趣味なのに追い込み過ぎてもストレスになるだけだし、気分が乗らない時にルーティーンだからと無理に走りに行くのは今はやめています。

そして加齢でタイムが出なくなった時、楽しめなければ走ること自体を辞めるつもりでいます。

ただ今の所は、マラソン熱は未だ冷めず趣味として楽しめているかな、と思うのでこのまま継続する腹積もりです。不整地ラン

 

        マラソン遠征に

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