話は2018年秋にまで遡ります。
ひょんなことから知人がジョギングを始め、しばらくすると初マラソンに挑戦したいと一念発起したのです。我が趣味の良き理解者が増えたと、快く適切なアドバイスを送ることにしました。
まずは翌年のフルマラソンを最大目標とします。それが2018年9月のことで、大会までは5ヶ月もあります。
その時点で東京マラソンの募集は終了していたので関東圏のマラソンを紹介、その中で少し離れているある大会を勧めたところ、なんと!彼は翌日にエントリーしちゃって事は始まりました。
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2018年秋 挑戦の始まり
彼のスペック
マラソン経験は全くなく、スポーツは好きな方だがそれより自らの筋肉が特に好き。女性にモテるためにジム通い、胸筋が盛り上がり、筋肉の塊のような身体です。
身長は高い方ではないが、見た目はまんまマッチョマンです。お腹もぷっくり出ています。
この体型では5時間台が関の山、と当時の私は思っていました。
ちゃんと目標を決めた
「初マラソンのタイムはどのくらいだった?」
と聞かれたので
「サブ3.5が目標だったけど、後半崩れてサブ4も出来なかった」
と答えると
「じゃあ俺は初マラソンでサブ4を目指す」
彼は高らかにこう宣言しました。
行動力がハンパない
いきなりフルマラソンはきついし場慣れしておいた方がいいから、と彼にハーフマラソを勧めました。
二つ返事と思いきや次に会った時には、しっかりエントリーしちゃっている彼のその行動力に感心しました。
主な予定
・2019年1月ハーフマラソン
・2019年3月フルマラソン
『初フルマラソンでサブ4が目標』
とにかく初マラソンを迎えるまでの5ヶ月間、いつも感心したことは彼の行動力です。
ティーチングプロでもない私ができる事は、自分がサブ4した経験と普段の練習から割り出したサブ4に特化したトレーニングを教える事だけでした。
その全てを行動力で彼はこなしました。これは見習わなければなりません。ホリエモンやイチローのような世の成功者は言っています、とにかく行動力が大事だと。
2018年9月 まずは緩ジョグから
初アドバイス
私自身がそうだったように最初の練習は、先ず2カ月間は週3回の30分弱の短いジョギングを始めましょう、でした。
音楽やラジオでも聞きながらリラックスして、ゆっくりペースを心掛けるようアドバイスしました。
ランニングが億劫にならないように伝える内容を工夫しました。
慣れるのが早い
彼は走ることに抵抗感がなく、慣れるのがとても早かったです。
ひと月過ぎると「もっと長く走りたい」と言ってきたので、それでは60分に伸ばしましょうとアドバイス。
速く走る意味は全くない時期なので、ゆっくりペースのキロ7分くらいを指示しました。
10月中旬になると彼にとってのジョギングは、すでに10〜15キロのランニングへと進化していました。
ガーミン購入
「キロ何分とかで走るためにランニングウォッチが欲しい、何がいいの?」
との質問がありました。
「まあ、ガーミンかエプソンだけど俺はガーミン派」
と答えるとまたまた次に会った時にガーミンを腕にはめていました。しかもハイスペックで高いやつです。羨ましい。
2018年11月 膝を痛める
腸脛靭帯炎
走り始めて3ヶ月目に入った11月末、恐れていたことが起きます。マラソン初心者にありがちな、膝の外側の靭帯を痛める腸脛靱帯炎を発症です。
ランニングを始めて3カ月目で月間200キロは多過ぎると言っておいたのですが、タイムがどんどん早くなることが楽しく、ランニングしたくてしょうがないとまで言っていた時期です。
私自身も走り始めた初期に発症、約3ヶ月まともに走れなかった苦い経験があります。今後のスケジュールに心配の種が一つできてしまいました。
ガッツがある
ジムで筋トレをモリモリ継続していた彼にはガッツがありました。
深刻な症状ではないと言うのでLSDをすすめます。療養しながら最低限の練習をしようとの魂胆です。
今となっては痛かったのか分かりかねますが、膝痛の期間はゆっくりと長時間走ることに専念していました。
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スピード練習はいらない
サブ4ならスピード練習はいらないとの持論です。スピードよりも持久力を伸ばして達成できると思っています。私自身がそうでした。
とりあえず彼の膝が良くなるまで、長い時間をゆっくり走るLSDで毛細血管を広げ持久力UPを優先しました。
サブ4目標はさておき、フルマラソン完走は絶対司令でしたから。
2018年12月 距離を走り込む
ペースダウン
不運が続き12月は、両足で腸脛靭帯炎を発症です。さらなるペースダウンを余儀なくされます。
それでも好奇心旺盛な彼の性格、ランニングフォームが悪いから発症したと結論付け、自らフォームを追求するとは頼もしい限りです。
フォームに関しては一切アドバイスはしていません。自分自身が試行錯誤していて、確固たるものを掴めていない身分で助言など以ての外です。
膝の痛みは徐々に解消
膝の痛みが長引くようなら、完走目標に切り替える予定でしたが、徐々に快方に向かいます。
1回の走行距離を伸ばしておきたかったので、2週間に1回の頻度で20キロ走や2〜3時間走を2月の本番まで続けることを伝えます。
当然のことのように彼は実行していきました。
習うなら素直さが大事
「どんな分野でもよく知っている人から習うのが近道」
知人はよくこう言ってました。そう言った考えを持っているからこそ、素直に私の意見を聞き入れたのだと思います。
少し慣れてきたり、少しの知識を得るとついつい自己流に走ってしまいがちです。しかし彼にはそれは微塵もなく、実体験に基づく私のアドバイスを愚直なまでに行動に移しました。
2019年1月 初ハーフマラソン
初マラソン大会
2019年1月中旬、始めてのマラソン大会としてハイテクハーフマラソンに参加です。
ここまでの数ヶ月間指示した練習内容をこなし、レースでは装備品などのアドバイスを送りこの日を迎えました。
↓その結果がこれです↓
想像の遥か上をいく結果
これが全くのゼロからランニングを始めて、4ヶ月ちょっとで彼のガーミンが記録した結果です。
レースが終わったであろう時間にLINEですぐに送られてきました。きっと早く私に報告したかったからでしょう。
サブ4が現実味
ひとつずつ小さな目標を達成し、膝の痛みを乗り越えてよく頑張ってきた、と深く感動しました。この結果なら本当に初フルでサブ4が見えてきます。
フルマラソンのタイムはハーフのタイム×2+10分とよく言われます。そこに当てはめるなら3時間52分、十二分にサブ4が射程圏内に入りました。
でもフルの厳しさは大きいもので、まして初フルマラソンです。このまま上手くいくとは思えませんが是非体調を整えて達成して欲しいと切に思ったものです。
レースを楽しんだ
そんなことよりも、レース内容を話す彼の目が輝きに満ちていたのが印象的でした。
楽しくてしょうがないみたい。そう言えば私も初期の頃、みるみる減量して速くなったなぁと思い出します。
余程嬉しかったらしく、自分のランニングフォトを購入して見せてくれました。
2019年2月 いよいよ初マラソン
さらに調子を上げてきた
ハーフマラソンから1ヵ月間、膝の痛みは解消して30キロ走をこなし、ランニングはすっかり日常化。
フルマラソンを控えてコンディションがどんどん良化していきます。やってやるぞ、と鬼気迫るものさえありました。
私が達成できなかった「初マラソン・サブ4」を教え子に託しました。 (彼は年上ですが・・)
体型変化
5ヶ月間で彼の身体は大きく変化します。
ナルシスト的キン肉マンを地で行く彼の身体は余分な脂肪と筋肉が落ち、ガッチリ目のランナー体型に変貌を遂げました。
見た目で変わった姿を目の当たりにして、いよいよこれはサブ4達成の可能性が高いと察知。初フルマラソンへ突撃体制が完全に整いました。
エールを送る
丸々5ヶ月以上にわたりひたむきに、素直にランニングを重ねてきた彼に対し、週末に応援のLINEを送りお互いの健闘を祈りました。
「残り5キロは未知の世界でおそらくキツイ体験となります。ですから、今までのことを思い出しながら走ってください」、これが私から彼への最後のアドバイスでした。
衝撃の結末
私が出走する四国は愛媛マラソンの前日受付を終えると、彼から思いもよらないLINEが届きました。
マラソン🏃中止になりましたorz
・・・は?
マジですか・・・
南岸低気圧
この週末は太平洋沿岸を低気圧が通過。あまり雪が降らない太平洋側で雪が降る典型的な気圧配置でした。
実際愛媛に向かう私の便は機体に付着した雪の除去があり、離陸が1時間以上の遅れです。
金曜夜から土曜朝方にかけて積雪があったのです。
2019年いわきサンシャインマラソン中止
感のいいランナーの方ならもう分かったかもしれません。
そう、彼が参戦表明した初マラソンは、福島県いわき市で開催されるいわきサンシャインマラソンだったのです。
RUNNETのレポ評価が高く、彼女との旅行込みで楽しめ、程よく遠いこの大会をすすめた責任をこの時猛烈に感じました。
私にはない体験
10年間で大小51のマラソン大会へ出場してきて、気象条件悪化による大会中止は1度たりともありません。
震災後の混乱期に佐倉マラソンが中止にはなりましたが、あれはイレギュラー※かと・・・。また、東京の大雪により京都マラソンDNSが1回あるだけです。(大会自体は開催されました)
長らくも5ヶ月以上に渡って目標に向けて頑張って迎えた初フルマラソンが雪で中止だなんて・・・神様酷すぎです。
※コロナ禍にあっては中止のオンパレードが続く
彼のその後
諦めきれない彼に、秋は一緒の大会に出ましょうと誘いを入れて昨シーズンは終了しました。
その後もジョギングは続けていたらしのですが、仕事が忙しくなり結婚を契機にほとんど走らない日々に。
夏を迎えいよいよつくばマラソンへ向けて本格始動した彼ですが、暑さで夏はムリとひより、昨年ほどのやる気が感じられません。
涼しくなり本腰を入れた矢先に妻が双子を身篭り、さらに立場上どうしてもズラせない仕事がつくばマラソンの日と被る始末。
こうしてマラソンランナーがひとり減りました。
ランニング休止宣言をした彼とは、今も程よい関係が続いています。